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[隠れ茶屋の主人]


[水びだしの商店街]


[食事の時間]

ラマダンを一番実感できたのはこのCairoだったと思う...。

考古学博物館を出てシタデルへ向かうバスを探していた。これに乗ればいいと言われたミニバスは満員御礼で、俺は開けっ放しのドアから半身外にはみ出してしがみついていた。ところが突然車掌が妙な場所で降りて乗り換えろと言う。直行すると思っていた俺は仕方なくスピードを落とすだけで止まらないミニバスから飛び降りた。とは言ったもののこんな訳の分からないところで降ろされ、乗り換えるバスなど分かるはずもなかった。そんな時、突発的な大雨に見舞われる。適当な軒先きを見つけて雨宿りをしていると、男がやって来てお茶でも飲んでればいいと言って中へ入って行った。そう言われてもここってなに?恐る恐るドアの隙間から中を覗くと、なんとそこは茶屋だった。どう見ても営業してるようには見えなかったのだが、中に足を踏み入れるとそこには結構客がいてお茶を飲んだり水タバコをふかしたりしている。どうやらラマダンということで大っぴらには営業できないらしく、すぐにドアを閉めるように言われた。とりあえず席についてお茶を一杯もらう。店中を見回しながら、こんな風に人目を忍んで営業するお店があって、そこに集まってくるお客がいることに、込み上げてくるほのぼのとした笑いを噛み締めていた...。

シタデル前の広場では、白いテーブルクロスがかけられた簡易テーブルが並べられ、イフタール(日没後の食事のことで日の出前の食事はサフール)の準備が進められていた。ラマダンは巡礼、礼拝などのイスラム教徒が行う五つの義務的儀礼のひとつであり、空腹によって貧困者の苦しみを共有し、連帯を深めることが目的とされている。こうしたことから、日々の食事にも困る貧困者のために無料でイフタールを提供する者も少なくないそうだ。これはそんなイフタールの準備だったに違いない...。

スルタンハサンモスクからハーンハリーリーに向かって近道をしようと路地裏に入り、およそ観光客なんて入り込まないと思われる下町の商店街をものめずらしいものでも見るような視線を浴びながら歩いているときだった。再び大雨が降り出す。雑貨屋のおやじがこっちへこいと合図をするので、お言葉に甘えて店先で雨宿りさせてもらうことに。そこには俺と同じように雨宿りしている人が数人いて、雨を眺めながら止むのを待っていた。少しして隣にいたお爺さんがなにやら俺に向かって激しく怒り出した。後ろのおばさんがなだめてくれている。後から想像するに、こんな会話だったのだと思う。

お爺さん:「お前なにやってんだ!」
おばさん:「まあまあ、この人は外国人だから...」
その時俺は、うっかり鞄からミネラルウォーターを取り出してそれを口にしてしまっていたのだった。断食は子供、妊婦、兵士、病人とともに旅行者は免除されるのだが、観光客の集まる場所ならいざしらず、申し訳ない...。

ハーンハリーリー(Cairo最大のバザールで大半が土産物屋)を歩いている時に、それはまるでカウントダウンでもしていたかのように一斉に始まった。イフタールの時間だ。店の中を覗きこめば、店員が客そっちのけで食事をしていて開店休業状態になっている。そんなのはまだいい方で、早々に店じまいしていそいそとどこかへ食事にでかけて行ってしまうところもある。ちょっとした広場では、ピクニックのように人が集まり、シートを敷いた上に座り込んで食事を楽しんでいる。毎夕行われるこんな宴の光景を見ていると、現代におけるラマダンはお祭り的な側面が大きくなっていると言われることがわかるような気がした。もちろん本来の意味や目的が失われているわけではない。そんな時間に来てしまった観光客が店員に相手にしてもらえず右往左往する姿も見られる。俺はというと、はなから土産など買う気なんかないので、むしろそんな瞬間を見れたことに喜んでいた...。

そんな光景を眺めていて、喜んでいる場合ではなかった。すっかり出遅れてしまった。ラマダン時期の食料の消費量は普段よりも多いと聞く。店ではほとんどの物を食べ尽くされてしまうそうだ。人々は満腹になったのか、蜘蛛の子を散らすように通りから姿を消していった。案の定、どこの店へ行ってももう無いと言われてしまう。この日の俺は昼食を抜いていた。空腹をかかえながら歩き、普段は滅多に近寄らない観光客向けのお高い店に行くしかないかなぁと半分諦めかけていたときに、鳥の丸焼きが半分残ってるという店に辿り着いた。片づけの始まっている閉店寸前の店の片隅のテーブルに通される。店の主人はゆっくり食べて行ってくれと言って、持って来た水と御飯、サラダ、鳥の丸焼きを置いて行った...。

別にラマダンの時期にあわせてエジプトを訪れたわけではなかった。通常の旅行者には避けられる時期である。たまたま休暇の取れたのがこの時期だっただけだ。食事をとるのに店を探して歩き回ったし、閉館時間が早くなっていて入れなかった博物館とかもあった。その他にも苦労したことは少なくなかったが、この時期に訪ねたことをよかったと思う...。


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