009


[Giza]


[チケットもぎの頑固おやじ]


[歯抜けのおっちゃん]

にーちゃん:「あっちだ、あっちにある。」
そう教えてくれたのは、Cairoのタハリール広場近辺を歩いていたにーちゃんだった。俺はGiza行きのバス停を探していた。Cairoに戻った俺は再びGizaへ行って、前回入り損なったピラミッドの玄室を見に行こうと思っていた。時間に余裕があったので今回はバスに乗って行こうと思ったまではよかったのだが、俺の持つ古いガイドブックに書いてあった場所にはそんなバス停はなかったのだ。仕方なくその辺を歩いている人に訪ねてみるのだが、皆が皆違うことを言い、その度に右往左往していた。どこへ行くにもそうだった。なにも古いガイドブックのせいだけではない。行き方を訪ねてもどうにも要領を得ないのだ。それでも何人目かには本物にぶちあたり、なんとか辿り着くことができるのだが...。

おやじ:「カメラはだめだ。どこかへ置いてこい。」
こうまくしたてたのは、クフ王のピラミッドの玄室への入り口でチケットもぎをしていたおやじだった。なにやらひとりひとり持ち物チェックしている。カメラ持ち込み禁止とともに、中は今電気の調子が悪いので懐中電灯を持っていない人は入れられないと言う。俺はカメラも懐中電灯も持っていた。独りで来ているのでカメラを預ける相手もいないわけで、しらばっくれて通ろうとしたがしっかり見つかってしまったのだ。しかもこのおやじは預かれないと言う。しつこく食い下がったものの、なかなかの頑固おやじでらちがあかない。そんな間にも団体客がぞくぞくと入っていく。さて困ったぞという時に、日本人の親子が目に入った。海外旅行慣れした活動的な娘がおとなしそうな両親を連れて来たといった感じの小綺麗な個人旅行者だった。娘といっても俺よりも年上と思われ、地味だが品のよさを感じる両親とは対照的に、随分と派手目の格好をしていた。普段ならあまり近寄りたくない感じだったが...。
娘さん:「私達も時間がないのよ。他をあたって。」
そうきっぱりと断わったのは、その娘さんだった。俺もずうずうしいお願いをしていることは十分承知していたので、そうはっきりと言われてしまえば仕方ないと思うしかなかった。そこで、別のターゲットがいないか見回す。と、懐中電灯を持っていないために入れないでいるバックパッカー風の外人カップルを見つけ、すかさず近寄って行く。俺のカメラを預かって待っていてくれれば、その後懐中電灯を貸すという申し出に快く応じてくれた。チケットもぎのおやじはまた来やがったという顔をしていたが、懐中電灯とカメラを持っていないことを確認すると笑顔で通してくれた。玄室への通路沿いには裸電球が吊るされていたが、時々思い出したように点灯し、すぐにまた消えてしまうという状態が続いていた。しかし、消えているときでも中には懐中電灯を持った人が行き交っているため、歩けない程の暗さではなかった。決して広くない玄室に入ると、立ってガイドの説明を聞く団体客と、ピラミッドパワーを信じているという欧米の若者が隅の方で数人座り込んでいる姿も見えた...。
おやじさん:「こんにちは。」
振り向くとそこにはさっきの日本人の親子がいた。が、おばさんがいないのに気付いて訪ねたところによると、やっぱりカメラを持ち込めなかったためにおばさんひとり外で待っていると言う。こんなことならカメラを預かってあげられたのにと言うおやじさんの横では、きっぱりと断わった娘さんがきまり悪そうにしていた。だからといって文句の言える立場でもないし、こうして無事入っているわけだし...。はて、カメラは無事だろうか。まぁ、逃げられたら逃げられたで仕方ないだろう。と思って戻ってみると外人カップルはちゃんと待っていた。その後約束通り懐中電灯を貸すと、ちゃんと返しに戻って来た。懐中電灯を受け取ってほっと胸をなで下ろしていると、彼氏のほうが言った。すっかり電気が直っていて使わなかったそうだ...。
おやじ:「今だ、入れ!」
そう合図をしたのはカフラー王のピラミッドの玄室への入り口でチケットもぎをしていたおやじだった。こっちは人陰もまばらで玄室に入ろうなどという物好きは少ないようだった。チケット売り場は閉っていたが、入り口にはおやじが立っていたので、聞いてみると今日はもう終わりだと言う。が、辺りを見回して俺しかいないのを確認すると、特別に入れてやってもいいと言い出した。言わんとしていることを察した俺は、帰国間際でエジプシャンポンドが余っていたので、通常の入場料より少し多めに渡してやった。絶対に写真は撮らないことと、ラクダに乗った警察官に見つからないように出入りすることを注意され、おやじの合図とともに中に駆け込む。まだ電気はついていたが、人は全くいない。最初は貸し切りだと嬉々としていたが、玄室に入るとピラミッドの中に独りぼっちという状況が妙に薄気味悪く感じた。早々に戻り、出口で再びおやじの合図で外に出る...。
おっちゃん:「夜戻ってこないのか?」
そう誘ってくれたのは前歯の抜けたおっちゃんだった。一通り見て回った俺は、一服しようとGizaのピラミッドが見渡せる場所を探した結果、夜になると行われる光と音のショーの客席の前に腰を下ろした。客席の前というのは、一応ロープが貼られているので律儀に遠慮したのだ。すると、おっちゃんが寄ってきて中に入って座って話そうと言う。すっかり意気投合して30分くらい話し込んでいただろうか。そろそろ帰るという俺に対し、おっちゃんは夜戻ってくるならこの席を取っといてやると言う。聞くところによればこのおっちゃん実は光と音のショーを取り仕切っているのだそうだ。そう言われて改めてよく見るとなかなか割腹がよく、羽振りがよさそうだ。前歯が抜けてるのがおしいといった感じだったが..。
俺:「分かった、時間があったらまた来る。」
そう言ったのは俺だった。そんな気はさらさら無いのに。でもおっちゃんだって待ってたりしないはずだ。多分...。

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