006


[ブラチスラヴァ駅]


[旧市街]


[ブラチスラヴァ城から見下ろすドナウ川]

駅員:「ちょっと...。」
彼の腕時計は丁度午前0時を表示していた。彼の寝ぼけた目に入ったものは、さっきの冷たい駅員だった。この駅員、待合室を閉めると言う。まだ頭がハッキリしていない彼を追い立てるように出口へ促す駅員。待合室の外は大分人が少なくなっており、その分警備員の割合がやたら増えているように見えた。明かりは最小限に落とされ物騒な雰囲気が増していた。彼はそのまま駅舎から出てタバコに火をつけてみたものの、夜の冷たい空気は予想以上に彼の身を震わせた。一気に目を覚まし、まだ半分以上残したタバコをもみ消して中に戻り、落ち着ける場所を見つけて腰を下ろす。
駅員:「ちょっとちょっと...。」
再びウトウトしだした頃、待ってましたとばかりに登場する冷たい駅員。切符を見せろと言う駅員に従い、薄暗い中でカバンを開けてごそごそとそれを探し出して見せる。懐中電灯を使って切符を確認した駅員は、彼の腕を掴んで付いて来いと言う。彼は何か悪いことでもしてしまったのだろうかと思いつつ、素直に着いて行く。しかし、彼が連行されたのは地下通路にある待合室だった。夜行列車を待つ人間だけを入れているらしく、人の出入りのチェックが厳しい。入り口には警備員が立っており、中へ入るとカウンターに駅員が2名いて、夜間切符売り場もかねているようだ。その奥に40席程度の狭い待合室があった。これだけのものを用意しているということは、やはり外は物騒なのかもしれない。駅員はかっこうの餌食となりそうな、あぶなっかしい外国人を見るに見かねてここへ案内したのだった。彼の中で、冷たい駅員は一転して、優しい駅員に変わって行くのだが...。
おねえさん:「ケタケタケタケタ。」
中には既に数人の人がいて、その中に人の顔をみるなりケタケタと笑い出すおねえさんがいた。おねえさんの笑い方は、かなり感じの悪いもので、一緒にいたおにいさんがやめるように言い聞かせてはいるようだったが、一向におさまる気配はない。少しして自動ドアの開く音がする。入り口に立っているのはスーツを着た身なりのいい男だった。この男がまた相当酒が入っている様子で会話がおぼついていない。カウンターの駅員と一悶着した後、切符を購入して中に入ってきた。男はコートのポケットからボトルをとりだし、くだんのおにいさん、おねえさんと酒盛りをはじめたからたまらない。他の人たちは時々冷めた目で彼等の方に目をやっていたが、文句を言う人は誰もいなかった。彼もまた冷めた目で彼等を見ながら、ここもいい雰囲気とは言えないな思っていた...。
T:「ふぁ〜。」
苦労して辿り着いた早朝のブラチスラヴァ駅。一国の首都の駅としては質素な感じがする。駅の両替屋が開くのを待って、余ったチェココルナをスロバキアコルナに両替えする。空はどんよりと曇り、今にも雨が落ちてきそうな中、彼は旧市街を目指して歩き出した。彼は歩きながら駅では見つけられなかったATMを探していた。彼は旅行中、銀行や両替え屋よりも、国際キャッシュカードを愛用している。これが使用できない場所、場合もあるため、彼もある程度の現金は持っているが、24時間ATMがあるような国では圧倒的に便利で、ごまかされる心配もなく、使い物にならないような小銭を渡されることもない。物価の安い国では、日本ではお目にかかれないような札束を渡されてしまうこともある。レートで損することはまずなく、むしろ得する方が多い。下手をすれば、クレジットカードのキャッシングの方が得するような国もある。彼の場合、ちまちまと換金レートを気にしなければならないほどの大金を使うことは間違ってもないが...。
T:「うー、腹減った...。」
ATMを見付けて現地通貨を引き出した彼は、ゆっくりと朝食のとれるような店を探していたが、まだまだ準備中の店ばかりだ。そうこうするうちに、とうとう雨が落ちてきてぽつぽつと彼を濡らす。昨夜の疲れと、空腹によるひもじさが一気に彼を襲う。マンホールから頭をのぞかせた男の銅像が、バカにしたような笑みをうかべて彼を見上げていた。旧市街を通り抜けてしまった彼は、どんよりと流れるドナウ川を眺めていた。この時彼の頭の中では、こんなフレーズが繰り返し繰り返し流れていた。
T:「ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜...。」
ドナウ川と「ドナドナの歌」はまったく関係ない...。

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