007


[町から見上げたスピシュ城]


[天辺からの見晴し]


[スピシュスカー・カピトゥラの町]

T:「なんだか...。」
ブラチスラヴァからコシツェへ移動して一泊した彼は、少し遅い時間に目を覚ましてスピシュ城を見に出かけた。コシツェからバスに揺られ、スピシュスケー・ポドフラディエという小さな町でおりると、小高い丘の上にそびえるように建つスピシュ城を見上げることができる。意外にも観光客は少なく、観光客向けの店も数えるほどしか見られない。世界遺産のある町とは言え他に見るべきものはなく、多くの観光客はこの町に滞在することなくふらりと立ち寄って行くようだ。町のメインストリートを歩いてもなんとなく活気がなく、さびれた感じがする。中心部を抜けると、人影はさらにまばらとなり子供達が遊んでいる程度だ。よく見るとここまで見てきた人々と民族が異なることに気付く。かなりワイルドな雰囲気をかもし出しているが何民族なのかは分からない。
「ハッロ〜。」
これまた異なる民族である彼を見つけた子供達が無邪気に手をふる。彼が手を振り返すと嬉しそうな笑い声が辺りに響き渡る。こうして元気をもらいながら、彼はようやくスピシュ城のある丘のふもとに立つ。そこから城の入口までは特に整備された道はなく、なかなかの勾配だ。入口近くに二人ほど登っているのが見えるが、他に人の姿は見えない。焼け落ちた廃墟であるスピシュ城の雰囲気が際立って見える。彼は息をきらさないようにゆっくりと足下を気にしながら登る。入口で入場料を払い、中へ入るとやっと観光客がちらほらと姿を見せる。さらに進んで売店のある中庭にでると、ビールやアイスクリームを片手に一息ついている人が多い。そのまた先にはちょっとしたミュージアムもあった。
「わぉー!!!」
彼が入り組んだ廃墟の中を歩き回っていると、壁の影から若い男の子が大きな声を出して突然飛び出してきた。思わず跳ねて避ける彼には何が起こったのかわかっていない。男の子はどうやら友達をおどかそうとしたようだが、相手を間違えたらしい。ひたすら謝る男の子の後ろでは仲間達が腹を抱えて笑っている。間違えられたことに気が付いた彼の顔にもまた笑みがこぼれる。さらにおどかされるはずだった男の子が「なになに、どーしたの?」といった顔で現れ、仲間に事情を聞いてまた大笑いしはじめる。照れくさそうに頭をかく男の子は、しばらく仲間達の笑い者になるに違いない。笑って許してやる彼。どこの国でもやることは一緒だ...。
T:「ほほぉ〜」
彼は最後に天辺まで上り、辺りを一望する。高くて見晴しのいい場所が好きな彼にとっては、至福の時だ。視界を遮るものは何も無い。目の前にはスピシュスケー・ポドフラディエの町が見わたせ、他にもいくつかの集落が見える。雲の切れ目からもれる光が、大地をまだらにしている。気が付けば彼の周りには誰もいない。心地よい風にふかれながら、彼はしばらくそこを動こうとしなかった。ガイドブック一つを持って、見知らぬ街を次から次へと渡り歩いていると、ふと我に返るときがある。常に先のことを考えてきたのが、これまで辿ってきた街に思いをはせるときがあるのだ。なんだかもう随分と前の出来事のように。彼は今回の旅程を3分の2ほど消化していた。まだ3分の1残っているとも言う。
T:「あそこも行っとくかな...。」
スピシュスケー・ポドフラディエの町を挟んで反対側の丘の上にスピシュスカー・カピトゥラという塁壁に囲まれた小さな町が見えた。そこを目指して、ようやく彼は丘を下りることにする...。

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