006


[Felucca 1]


[Felucca 2]


[Captain Sayed]

昼前にアブシンベルからアスワンに戻って昼食をとった後、ナイル川を下るファルーカに乗り込んで出航を待ち構えていた。ここからこのファルーカに乗りコモンボ、エドフを経由してルクソールを目指す。アスワンからルクソールまで飛行機なら1時間もかからず、バスや電車でも4、5時間のところを2泊3日かけるというなんとも悠長な話だったが、こんな時間の使い方がたまらなく贅沢に思えた。こんなことに興味が向かなければ、ここまでスケジュールがタイトになることはなく、もっとのんびりすることができたのだが...。しかし、当然ここからの3日間はうんざりするほどのんびりすることになる。

S:「隣の船のが若い女の子がいていいなぁ...」
俺の隣でそう呟いたのはカナダから来ているSergeという二十歳の華奢で小柄な若者だった。この男は同じ宿で、アブシンベル行きをあきらめた若者の内の一人だった。とにかく明るくよく喋り、自分の言ったジョークに一人で笑っているという自己完結タイプで、その笑い方には特徴があった。時々彼がマイクロテープレコーダに向かってぶつぶつ何か言っているのは、その時思ったことや感じたことをメモする変わりに録音しているのだそうだ。そんな彼は将来役者になるのが夢で、そのための肥やしとしてこの旅にでてきたと言う。伸ばしっぱなしの髪と髭が旅の長さを物語っており、一見Jesus Christを思わせる風貌だったが、パスポートの写真のさっぱりした顔はちょとしたおぼっちゃまという印象の甘いマスクをしていた。

T:「むぅ、どういうことだ...」
どうやら隣にいるファルーカが一緒にナイル川を下るようだった。そこにはSergeの言うように若い女の子が数人乗っていた。しかし、こちらはというと彼から見ればもちろんのこと、俺から見てもおじさんとおばさんばかりだった。乗る時に名簿らしきものを見て振り分けていたので、何かしらの意図があると思われる。それぞれが楽しめるように年代で分けたのだろうか。では何故こっちにSergeが?身なりは見窄らしいが、老けてはいない。危険因子として離されたか?なるほど、それなら納得いくかもしれない。彼の顔を改めてまじまじと見てみた。

T:「...」
予定の時間は随分と過ぎていたが、なにやらもめている。と、その時俺が呼ばれた。隣のファルーカに移れと言う。どうやら、メンバーが揃うのを待っていたようだが、キャンセルとなったらしい。ついては、2隻の人数合わせをするために、何をどうしてどう話し合ったのかさだかではないが、俺を選び移動させることになったのだった。俺としてはこれ幸いな話で、そそくさと荷物を手に取って、足取りも軽やかに乗り移る。そんな俺の姿を目で追っていたSergeの視線が背中に突き刺さり、こねくり回し、胸から抜け、ひきずり回される程痛かった。振り向いてはいけない。本能的に俺はそう思い、自分に言い聞かせていた。

T:「悪く思うなよ...」
そんなこんなで、やっと出発。ファルーカは岸を離れ、ゆったりと川を下りはじめた。中では早速自己紹介が始まる。女の子二人でデンマークから来たMetteとCharlotte。カップルでオーストラリアから来たTrausとFelicity。女の子一人でカナダから来たFiona。ルーマニアから一人で来たおじいさんと日本から一人で来た俺。そしてCaptainはヌビア人のSeyed。みんなそれぞれに、それぞれの思いで旅をしてきており、たまたま同じファルーカに乗り合わせた。そんな面々は当然のように、それぞれの旅での出来事の話しで盛り上がる。

S:「私の名前はSerge!カナダから来ましたぁ!」
20m位離れた、もう一隻のファルーカからSergeが手を振り、叫んでいた...。

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